【横浜の戦争遺跡】“旧平沼駅”に今なお残る当時の面影

京急線にて「戸部駅」から「横浜駅」に向かうとき、謎のホームを見かけたことはありませんか?

ホーム上には誰もいませんし、もちろん電車が停車することもありません。

昔から京急線で横浜に向かう際に見ていて、なんとなく通り過ぎてしまっていたのですが、先日ふと思い出して色々調べてみると、それは「旧平沼駅」であることがわかりました。

そして、今なお当時の面影が・・・

目次

現在の「旧平沼駅」

現在の横浜駅の中央改札またはみなみ東口を利用して、平沼方面へ向かっていきます。

だいたい5、6分歩くと、左側に「ガストさん」と「イオンさん」がある交差点に到着。

右斜めの方向にさらに直進していくと、京急線の窓から見えていたあのホームの真下に到着します!

工事用の壁?のようなもので囲まれていて、すぐ近くまで入っていくことは出来ないのですが、明らかに不自然な階段と線路下を見つけることが出来ます。

プラットフォーム下に残る火災の跡

下りホームへつながる階段

旧平沼駅は高架駅となっています。

早速じっくりと見学…

老朽化のせいで、やはり危険なのでしょうか?

近くまでは寄っていけませんが、隙間から覗き見ることは可能!(幸い、人通りが少ないエリアなので良いですが、知らない人から見たら不審者扱いされそうで、少々恥ずかしかったです・・・)

まずは、向かって右手(上りホーム側)から。

一部壊れかかった階段を見ることが出来ます。コンクリートに亀裂や変色が見られ、今にも崩れてしまいそうな感じがします。

前の写真に写っていた階段と同じものを裏から見ています。

真ん中に設置されているコンクリートは明らかに新しく作られたもののため、これは現在の京急線の線路を支えてるコンクリートでしょう。

上りホームへとつながる階段

この宙に浮いているような作りが、なんとも恐ろしいような…

写真からも分かるように、両階段下には空襲時の火災によって焦げたような跡がしっかりと残されています。

登り方面プラットフォーム(動画)

一瞬ですが、ホームから地上へ降りる階段跡がハッキリと残されているのが分かります。

↑↑電車内からの撮影のため、酔いやすい方はご視聴をお控え下さい!

現在は、機材置き場としても利用されているため、一部機材を確認することもできました。

「旧平沼駅」の簡単な歴史

【1931年12月】

京浜電気鉄道の平沼駅が開業

【1943年5月】

会社併合に伴い、東急急行鉄道(大東急)湘南線の駅となる

【1943年6月】

第二次世界大戦の中、営業休止

【1944年11月】

第二次世界大戦の激化に伴い、廃止

【1945年5月】

5月29日の横浜大空襲により、被災

横浜大空襲では、517機のB29が飛来し、約43万発の焼夷弾が投下されました。
同年3月10日の東京大空襲では、約300機のB29が飛来し、38万発の焼夷弾が投下されたことを考えても、横浜大空襲の被害が甚大なものであったと考えられます。

【1999年】

老朽化により、屋根部分を撤去

【2005年2月-7月】

耐震補強のため、改修工事が行われる

この横浜大空襲時の火災などによる焦げ跡は、今なお旧平沼駅のプラットフォーム下に残されていることから、旧平沼駅は戦争遺跡として後世に引き継がれてきました。

戦争遺跡ということで、空襲により駅が廃止されたと思われがちですが、すでに駅としての機能は停止している中での被災であったのです。

まとめ

戦後77年が経ち、横浜駅周辺はもちろん、平沼エリアも多くの商業施設やオフィスビルが立ち並び、かつての面影はほとんど残されていません。
今回の旧平沼駅においても、周辺に当時の様子を示した看板などが設置されている訳でもなく、またフェンスによって囲まれていることから、この場所に何があったのかを知ることは意識しなければ難しいでしょう。

かつて、この横浜駅周辺も戦争により悲惨な地域の一つであったということを忘れるためにも、旧平沼駅はとても重要な戦争遺跡だと思いました。

旧平沼駅は、アイルから徒歩10分ほどで、ランドマークタワーが見える方向に向かっていく途中にあります。
一度訪れてみれば、今までとは異なった視点で横浜の街を見ることができるかもしれません。

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